⁠自分を心から愛せるようになった時、見えた景色。魂と肉体の使命、そして周囲への感謝について。⁠

こんにちは、川口菜生です。

ここ数年、私は「自分」という、この形ある存在に目を向け、たくさんたくさん考えてきました。

その中で行き着いた、今の私の「死生観」と「人生の向き合い方」について、少しお話ししたいと思います。

昔は「死」が怖かった。でも、今は違う。

昔は「死」というのが、怖くて恐ろしいものでした。

「死んだら終わり」。

今でも、そう思う部分はあります。

正確に言えば、この「肉体」で存在するのが終わる、ということ。

でも、きっと魂は還るだけ。それだけなの。

宇宙の大きな流れから見れば、とてもちっぽけなこと。

だから、完全な「終わり」じゃない気がして、今は死ぬことは怖くないのです。

「川口菜生」として存在する意味。

魂が還る場所があるとしても。

それでもね、この魂がこの「肉体」を選んで、両親を選んで、顔も好みも、人との関係も、過去の記憶もすべてをひっくるめて「私」でいることには、必ず意味があると思うの。何か、意味が

だから、私は「川口菜生」として存在することをやり切りたい。

私の愛する家族やパートナー、友達、知人。

これまでの人生で出会ったすべての人たちは、この魂が「私」として生きるために必要だから巡り合わせた、尊い人たちなのです。

1人として欠かせなかった、感謝すべき人。

そう、心から思えるのは、自分を心から愛するようになったからです。自分を愛することで、初めて周りの存在の尊さにも気づけました。

後悔のない人生のために、今、私ができること。

どんな形でこの肉体の終わりが来るかは、まだわからない。

だからやっぱり、後悔のないように生きたいのです。

最期に振り返った時、

「ああ、もっと伝えておけばよかった」

と悔やむことがないように。

 感謝はその場で言葉にして

 傷付けたら謝って

 愛は惜しみなく伝えて、そのぬくもりを感じていきたい

そうやって、この肉体で生きる使命を全うしたい。

最期は、ひとりきりでもいい。

最期はひとりきりでもいいの。

大切な人や、関わった人たちが、どこかで今も笑顔でいること。

それを思い浮かべて終われたら、「ああ、いい人生だったな」と思える。

だからこそ、今の私にできることは、このシンプルな祈りだけ。

「ありがとう、ごめんなさい、許してください、愛しています」

そんな日々を、私は大切に重ねていきたいのです。

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