こんにちは、川口菜生です。
「今の仕事がどうしても好きになれない」
「毎日淡々と働いていて、やりがいが見出せない」
そんな風に悩んでいる方は少なくないかもしれません。実は私も、かつてそんな環境の中で「自分なりの仕事の楽しみ方」を必死に探していた時期がありました。
今回は、私が「こころの専門家」として生きる原点となった、ある介護施設での2年間の体験をお話しします。
保育士から介護施設の事務職へ。180度変わった日常
かつて長年、保育士をしていた私は、ひょんなことから介護施設の事務職に転職することになりました。
それまでは、毎日子どもたちの笑顔と、日々の成長が溢れる日常が当たり前。
しかし、転職先は生活保護の身寄りのない方が9割を占める有料老人ホームでした。
そこにあったのは、高齢者の方の決して幸せそうとは言えない表情と、日々自分でできることが無くなっていくのが当たり前の日常。毎月1〜3人の方をお看取りするという、180度違う世界だったのです。
保育士時代とのあまりのギャップに、最初は大きな衝撃を受けました。
現場で探した「日々の仕事が楽しくなるコツ」
私は元々人と接するのが好きなので、事務職だけをやっていたのでは、どうしてもつまらなくなってしまいます。
「さて、この職場で私は何を楽しみに来ようものか」
そう考えた私は、日々の仕事が楽しくなるコツを自分なりに見つけることにしました。
私の事務の仕事は、朝、隣接するデイサービスに書類などを届ける任務から始まります。毎日数回、用事を作ってはデイサービスへ顔を出し、利用者様に積極的に声をかけていきました。
『〇〇さん!今日の調子はどう!?』
満面の笑みで話しかけていくうちに、現場の制服ではない私のおしゃれに興味を持ってくれる利用者様が増えていきました。
・「きれいな爪ねぇ〜」と私の手をさすりながら、短い髪を櫛でとくおばあちゃん。
・「長い髪がいいねぇ」と髪の毛を触るおじいちゃん。
・「いいケツしてんねぇ。触ってもいいかい?」と、ご丁寧に許可を申請してくる(もちろん却下するのですが笑)おじいちゃん。
そんなやり取りを繰り返すうちに、家族の面会が少ない彼らにとって、私は「少し新鮮な存在」になり、いつしか利用者様方は私を待ってくれるようになったのです。
「いつもニコニコしてていいねぇ」
「川口さんが休みの日は元気が出ないよ」
その言葉が、私の毎日の大きな張り合いになっていきました。
どんな日でも笑顔を届ける。2年間で知った「笑顔のチカラ」
ある日、私は心に誓いました。
≪どんなに私の元気がない日でも、朝出勤したら笑顔を届けに来よう!≫
その決意を胸に、利用者様だけでなく、現場の職員さんにも同じように笑顔で接し続けました。
そうして続けた2年の日々の中で、私は「笑顔のチカラ」というものを肌で知ったのです。もっと深く人の心を支えたいと思い、心理学やマインドフルネスにも興味を持って学び始めました。
『私は笑顔を失いかけている人をもっともっと笑顔にしたい。』
その強い想いが溢れてきたからこそ、私はこころの専門家になることを決め、自分の事業を立ち上げる準備を始めたのです。
退職の日に伝えたかった、介護職への最大のリスペクト
施設を退職する日が来たとき、たくさんの利用者様や職員さんが「川口ロスになりそうだよ」と別れを惜しんでくれました。
私は退職日に、職員の皆さんへ一斉にLINEを送りました。いち事務員という立場ではありましたが、どうしても伝えたかった想いがあったからです。
「〜人が人として当たり前にできたことができなくなっていく過程で、死へ向かう日々、歩く、話す、食べる、お風呂に入る、寝る…それがどんどん自分じゃできなくなる。
人として生きるために手を貸す仕事、それが介護職だと思いました。なので誇りを持ってほしいです。
お看取りが基本のこの施設で、人生の最期に関わる存在がみなさんであり、尊い仕事だと思いました。私にはできない。でも、素晴らしい仕事です。時代を作ってきてくれた高齢者の方々を助けるお仕事を選んでくださり、ありがとうございます。~」
このメッセージに、「初心を思い出しました」「10回以上読みました」と返信をくれた職員さんもいて、想いを言葉で伝えることの大切さを改めて実感しました。
まとめ:どんな環境でも、張り合いは自分で作れる
「好きなことではない仕事」や「張り合いの感じない仕事」だと感じてしまう環境でも、自分の中での楽しみや、目的となることを見つける。
それこそが、毎日を楽しく生きるための「仕事のコツ」です。
もし今、自分の仕事に悩んでいるなら、ほんの小さな「笑顔の交換」から始めてみませんか?その一歩が、予期せぬ素敵な未来へつながっているかもしれません。
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