華厳の滝へ。思考を止めに行った日

今日はふと思い立って、ひとりで日光へ向かった。

目的地は
華厳滝 。

最近ずっと、
頭の中で考え事をしていた気がする。

これからのこと。
仕事のこと。
お金のこと。
人生のこと。

「どうしたらいいんだろう」
を考え続けていた。

でも今日、
華厳の滝の前に立った瞬間、
その思考が一瞬止まった。

というより、

“考えても仕方ないくらい大きな自然”

が目の前にあった。

滝の音って、
「聞く」というより
全身で浴びる感覚なんだね。

水しぶき、振動、空気。

頭じゃなくて、
身体が先に静かになる感じ。

なんだか、
自然に「今ここ」に戻された気がした。

そのあと
中禅寺湖 にも寄って、
さらに奥の
竜頭ノ滝 へ。

華厳の滝が“圧倒的な迫力”なら、
竜頭ノ滝は“静かな癒し”。

流れる水と緑を見ながら、
ただぼーっとする時間が、
こんなに必要だったんだなと思った。

あとで知ったんだけど、
「華厳」という名前は
華厳経
という仏教のお経から来ているらしい。

「この世界のすべては繋がっている」
そんな思想を持つ教えなんだとか。

昔の修行者たちも、
あの滝を見ながら、
自然の大きさや、
人間の小ささや、
命の流れを感じていたのかもしれない。

なんか今日は、
“答えを探す日”
じゃなくて、

“頭のノイズを洗い流す日”
だった。

きっと、
ずっと頑張ってると、
「ちゃんとしなきゃ」
「早く答えを出さなきゃ」
って思ってしまうけど、

自然って、
「そのままでいいから一回座れ」
って言ってくる感じがする。

今日の私は、
それに救われた気がする。

そして今日、
もうひとつ大きな気づきがあった。

私は最近、
“エネルギーが乗らないこと”が増えていた。

前なら責任感や気合いで動けたことも、
今はどうしても身体が動かない。

そんな自分を見て、

「怠けてるのかな」
「わがままなのかな」

って思うこともあった。

でも今日、
ふと思い立って、
2時間かけて日光まで来た。

予定していたわけでもない。

普通に考えたら、
「遠いし、今日はやめようかな」
ってなりそうなのに、

“滝を見に行きたい”

その感覚には、
驚くほど自然に身体が動いた。

欠乏感や義務感から動くことに、
エネルギーが乗らなくなってきた。

逆に、
心の奥から湧き上がるものには、
ちゃんと行動力が宿る。

それって、
わがままなんだろうか。

でも私は、
今日の自分を見て、
そうは思わなかった。

むしろ、
“自分の本音に鈍感でいられなくなった”
そんな感覚に近い。

本当に行きたい場所には行ける。

本当に感じたいものには、
ちゃんと動ける。

今日、
華厳の滝へ向かった自分のフットワークの軽さを、
私は少し誇らしく思った。

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