『チームわたしとどう付合っていくか』

今回はわたしの自分との向き合い方やイメージをお伝えしようと思います。

人は37兆個もの細胞が集まってできています。わたしのからだは会員番号1~37,000,000,000,000のメンバーで構成された1つのチームです。
このチームは『わたし』を心から慕ってくれていて、わたし自身を『幸せにしよう!命を維持しよう!』と全力で働いてくれています。

チームのメンバーたちは常に協力して助け合っています。
誰かが負担を抱えていればそれを知った別のメンバーがそれを補い、それでも負担が大きければ、『わたし』を守ろうとしてチーム全体に連絡します。
いいことがあればメンバー全員で喜びます。
時々ひねくれ者のメンバーもいて「いやいやそんな上手いこといかないだろ〜」と水を差す者もいるとかいないとか・・・。

その働きぶりは、労働基準法が適用されたら、わたしは間違いなく重い罰則を科されるほど勤勉です。そして、どんなAIも敵わないほど精妙です。栄養を摂取したり生み出したり、必要なエネルギーを吸収し全身に届けては、不必要なものを吐き出す。外敵が入ってきたら指令がなくても周囲と協力し合ってそれと戦う。わたしが寝ているときも、息が止まるほど驚いた時も、傷付いて落ち込んでいるときも、24時間何年もの間、休むことなく働いてくれています。

わたしが何をしていようと、わたしを生かすために四六時中いろいろな努力や試行錯誤をして対応してくれている。それでも時々、どうにもならなくなってSOSを出し、ダウンしてしまうときがあります。それが疲労の蓄積であり、病気につながっていくわけです。

わたしはこのチームに対してどんな向き合い方をするべきか、あるいはしたいのか。
わたしの身体というのは共に生きていく最良のパートナーです。

自分以外の人の、いいところ、悪いところに目を向ける前に、まずは自分自身の日々のひたむきさや懸命さに目を向け、認めてみようと、わたしは思います。

どんな時でも生命を維持しようと、1秒でも先の未来に進んでいくために尽力している自分がいる。どんなにツラい時でも、みっともないときでも、わたしと共に歩んでいる自分自身を、まずは大事に思い、「ありがとうね」と労い、尊ぶこと。それが「自分を大切にする」、「自分を認める」ということだと思います。

そんなふうに考えていると、自分のダメなところも許容できるようになってきます。わたしという存在を客観的に見ることができ、自ずと認めたくなる。そして何だか、感謝の気持ちや充足感が自然と湧いてきます。

これはわたしのイメージですので伝わりにくいと思った方もいるかもしれませんが、自分自身の肉体の営みを客観視したとき、そのけなげで勤勉な働きは只ただ、ありがたく愛おしいと感じます。
『生きてるだけで丸儲け』という言葉の意図するところ、「今こうして生きていることがすべてであり、それ以外に一体何を求める必要があるのか」。
わたしは時折、そんな感慨に経ち返ることで、自分のこころとからだの調和をはかっています。

あなたにとって生きていてそこにいてくれるだけで尊い大切な人はいますか?

その人と同じように、あなたご自身もまた、「生きていてくれてありがとう」と伝えてあげるべき存在なのではないでしょうか。

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